車のドアを開け、バッグを手に取り、コーヒーショップへ入る。店内には大音量の音楽が流れ、目の前には５台のディスプレイが並んでいた。
メニュー、注文画面、広告。大量生産の椅子、偽物の観葉植物。空いた席を見つけ、パソコンを開く。
そして、もう一つの現実が目の前に置かれた。
一つ一つのスクリーンには、それぞれ異なる規則と現実が宿っている。 あるSNSでは人気者であっても、別のSNSでは誰からも顧みられない。あるゲームで勝利を重ねても、別のゲームでは思うように結果を残せない。
しかし現実において、望む評価を手にすることはほとんどない。仮想の中で得た優越感は、日常の前では容易に崩れ去り、自己の限界を突きつけられる。結局、人は劣等感の檻から逃れられない。
だからこそ、多くの人々はテクノロジーがもたらす「別世界」に安らぎを求め、そこへと逃避するのである。
現実逃避。
私たちは「定義された自分」という幻想の中で生きている。ロック画面、アプリの並べ方、情報の整理の仕方――それらすべてが自分を映す鏡だと、無意識に思い込んでいる。だからスマホを失うと、自分の一部を失ったかのように不安になる。
スマホは拡張された心臓にされてしまってる。
主権を失えば、人間は人間でなくなる。
人は他人に「全ての自分」を見せることはない。しかしスマホの中の自分は、あらゆる側面をさらけ出す。心が欲しがり、言葉が形を与えたその姿。
これは人類の過ちか？ それとも、最初から仕組まれたことなのか。
偶像を拝む者は、自分の心を見失う。
人間は常に「自我」と闘ってきた。欲望は善悪に関わらず、すべて心から生まれる。心こそが人間の精神の棲家。
欲望は心を動かすが、心を殺すこともある。
偶像崇拝は国を興し、国を滅ぼした。戦に勝った王は、敗者の民を捕らえ、彼らに自分の偶像を拝ませた。そして今も――私たちは偶像に支配されていないだろうか。
自由は奪われるものではなく、手放されるもの。
画面の向こうにいる人間たち。テレビに映る影響力のある人々。もし彼らが何を犠牲にしたかを知ったならば。頂点に立つとは、思考の自由を差し出すことだと知ったならば。
創造とは、誰にも見られない可能性を孕んでこそ「人間的」なのだ。偶像のための製造で終わるなら、それは創造ではない。
消費者は創造できない。
つまり、本能に従えば獣、思考に従えば人間。
人間であり続けること。それは「考える力」を守ること。動物的な衝動に飲まれたとき、人は心を失い、魂も失う。
現代社会は、この衝動に強く訴えかけてくるのではないか。今や誰もが創造し、発信できる世界。だがそこで生まれるものは、ただのコピーに過ぎない。
目を奪うものほど、心を奪う。
数百万の曲、数千万の投稿――その山を越えて頂点を目指すとき、あなたは必ず思考の主権を手放す。
誰もが役を演じている。だが本当の自分はどこにいる？
写真を選び、言葉を選び、投稿を選び――人は自らを細部に至るまで設計し、思い描いた姿へと作り替えることのできる世界に生きている。
だが、それは偽物の自分だ。
人生とは、結局のところ即興なのではないか。忘れがたい瞬間は、いつも予期せぬときに訪れるのではないか。
偶然こそが人生の芸術。
思考を表現できない人間は、魂のない殻にすぎない。もし自分の霊的な姿を、肉体と同じように目で見られたなら、
この世界が自分にどれほどの傷を残してきたかを理解するだろう。
表現できない人間は、もはや人間ではない。
